株式会社ライフィ

「自己責任」

 大好きな言葉は「自己責任」。

私の人生の最大の目標は、「自分の人生は幸せだったと思って死ぬ」こと。
私の人生のコンセプトは、「自分の人生は自分でコントロールしきる」こと。

 誰かに責任をなすりつけ、問題の発生を「世の中のせい」にして、自分で責任を取らずにこの目標を達成することは不可能だと思っています。この目標とコンセプトを明確にイメージできるようになったのは経営者になってから。サラリーマン時代には、まだイメージも「ぼやっ」としてました。
 サラリーマン時代はそれなりに自分を評価できたけれども、経営者になってから、あまりの自分の判断力・決断力の無さに愕然としたことは忘れられません。全責任を自分で負う事の難しさを肌で理解しました。

 昨今、日本は「責任逃れを常に考える世の中になってしまったのでは?」と危惧する場面がたくさんあります。今回の参議院選挙で何人かの候補者の選挙演説を聞く機会がありましたが、野党は「自民党が大勝したら大変な世の中になる!だから応援して!」とは言うものの「自分たちが大勝したら○○になる」とは言わず、自民は自民でおんなじ感じ。

 田中角栄の「日本列島改造論」的な政策が今の日本には必要ではないでしょうか?
当然、賛否両論はあるでしょうが…。

 私の会社が属する保険業界では、保険代理店で何かミスがあった場合には今後の再発防止策と始末書を書き、担当と代表者の署名捺印をして提出させられます。
 が、保険会社がミスした場合、うやむやにされるか、もしくは書面はもらっても責任者の個人名の記載もなく、社印も押してない。責任者不在の詫び状、責任者は出てこない(笑)。大企業でのミスは出世の命とりですからしょうがない、では本当は済まされないけども。

  「♪サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ!♪」

 昭和初期までは「無責任に生きていく」ことなんてできなかったし、「誰かのせい」にしていたら生きていけなかったはず。戦後、植木等の映画じゃないけと「無責任男」が笑いのネタだったけど、今じゃそれが当たり前の世の中、「そこそこの結果を残し、なるべく責任を取らずに定年を迎えたい」人たちばかり。日本企業や学校の加点主義ではなく減点主義がそうさせるのでしょう。

  今、自分の人生を振り返って「大企業に入らなくてよかった!」と思っています。私の性分では無理です(^^;
 私が入社試験に合格するはずがないとは知っていますし・・・。(^^;

バレなければOK!という体質、ここにも平成を代表する日本の無責任があります。

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