株式会社ライフィ

体罰のススメ

今回は仕事とは関係なく、最近話題になっている教育の問題について
意見を述べさせてください。

約6年間、学校法人での勤務経験があります。
そのとき学んだ教育論と自分の実体験を元に、
私は学校での「体罰はあるべき」だと考えています。

先日、テレビで小学校の先生が肩に手を触れただけで
「セクハラ」と言われ、何かアクションを起こすと
「教育委員会に言いつける」と生徒が先生を脅す場面がありました。
びっくりしました。
勝手な推測ですが、親が子供に日常的に言っているのでしょう。

ただ単に「先生が生徒に手を上げることはいけない事」と
決めてしまうのは問題だと考えます。

私は子供の頃、先生方から体罰を受けた経験がたくさんあります。
自慢できることではありませんが・・・(^^;

私に影響を与え、思い出すことのできる先生と言えば、
体罰をしてくれた先生です。

それぞれの先生方から言われたアドバイスは今でも心に残っています。

国語が苦手だった私に「日本昔話の本をくれた小学校の○○先生、
ごめんなさい、読み終わったのは中学に入ってからですm(_)m
先生からもらった小さなノート、今でも大切に保管しています。

同級生とケンカして居残り体罰をしてくれた中学校の○○先生、
おかげでケンカ相手とは親友になれました。

入学式当日に職員室に正座させられ始まった高校生活。
クラブ活動を通してケリを入れられ、竹刀でも殴られました。
合宿のテーマだった「人間の限界を知る」はちょっと無謀かもしれません(^^;
でも、先生のおかげで「まだまだやれる!やれば必ずできる!」という信念と
我慢強さが養えました。

問題は「体罰があったかどうか?」ではなく、私(生徒)に対する
「愛があったかどうか?」が重要なのではないでしょうか?
体罰を凌ぐ愛を感じていたからこそ私は受け入れられた。
逆に愛があったからこそ、先生は体罰をしてくれたのだと感じています。

その下地を作ってくれた両親にも感謝しています。

体罰について云々するよりも、家庭での下地作りと
学校で「愛を与える教育方法の検討とチェック機能」を設けるほうが
より重要な気がします。

高校の先生に10年ぶりにお会いしたとき、
「俺の人生のピークはお前らだった。今は何も出来やしねぇ。」と
言われた言葉が忘れられません。
行動だけ見れば暴力教師だったのかもしれませんが、
私たち生徒から見れば「最大の、最高の恩師」です。

体罰を与えるには「エネルギー」が必要です。
エネルギーの無い先生は私たちの記憶に残りません。
鞭を奪われ、飴だけで指導することを強いられている
先生方の苦労は計り知れません。

愛に溢れ、エネルギーに満ちた良い先生が、
良い教育をできない環境にあることは、
100年後の日本にとってプラスに働かないことでしょう。

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