株式会社ライフィ

自宅介護の過酷

ニュースでまた介護疲れからの不幸な事件が報道されました。

もう、10年以上前のことですが、アルツハイマーの母を
自宅でひとりで約5年、介護していました。
55歳で若年性アルツハイマーと診断されました。

まだ介護保険制度も始まる前で、社会福祉協議会から
週に2回、2時間だけヘルパーさんが来てくれるだけ。

私は朝6時に朝食を食べさせ、昼食を食卓に並べ出勤、
夜8時~10時ごろに帰宅して夕食の支度を繰り返す毎日。

当初はあまり負担に思わず、うまくやりくりができており、
ニュースで「介護疲れで親を殺害」などのニュースを見るたび
「なぜ?」とずーっと疑問に思っていました。

病状が進行するにつれ、母は夕方6時に就寝、
夜中の2時に起きる生活。
かつ、被害妄想で夜中に玄関の外で叫び声を上げる。

慌てて飛び起き、なだめにいく。このタイムラグで
毎日不眠の日々でした。

帰宅すると・・・・・
家中水浸しの日、家中糞尿の日、
家中牛乳まみれの日、
ガラスを割って血だらけの日、
トイレに鍵がかかって出られず衰弱している日、
国道を歩いて警察に保護された日、
線路を歩いて警察に保護された日、
工事現場で警察に保護された日、
冬の夜中、三日三晩行方不明になった日、
(このときは警察からも覚悟せよと言われました)
「泥棒が入った」と騒いでいる日(妄想)、
いろいろありました。

あるとき、夜中なだめに行ったとき、一瞬親ではなく
単なる「物」に見え殺意を覚えました。

疲れが溜まっていたこと、日々の積み重ねが
そうさせたのだともいます。

このとき理解できました。
「介護疲れで殺害」は、計画的ではなく「発作的に起こる」のだと。

   →PR:『公的介護保険だけでホントに十分?』

『共倒れはみんなを不幸にする』

介護している側は、どうしても無理をしてしまいます。

でも、介護している側に何かあると共倒れです。

高齢者夫婦が相手の介護で共倒れもよくある話です。

だからこそ、どっかで弱音をはかなければ長続きできません。

親戚でも、友人でも、公的機関でもいいから
どっかで弱音を吐き、協力をしてもらいましょう。

嫌な言い方かもしれませんが、
一時的にお金で解決することも必要だと思います。

私は民間のヘルパー会社に依頼、週に2回来てもらうことにして、
自分がゆっくり休める時間を作りました。
昼間、サウナに行って寝ましたよ(笑)

また、兄弟&親戚にも頼みました。

「いいんです!弱音を吐いて。」

   →PR:『公的介護保険だけでホントに十分?』

パラダイムシフト

私の励みは、食事の時に見せる母の笑顔。
「おいしい」と言う表現。

この頃は言葉もちゃんと話せず、
うれしいこと全てが「あったかい」と言い、
嫌なこと全てが「さむい」と言う表現になっていました。

だから「おいしい」ときは『あったかい』と
言って微笑むのです。

食事の支度はとても楽しく
「今日は何を作ろうか?何が食べたいだろう?」
「今日も『あったかい』って言ってもらえるかな?」
なんて日々でした。

途中から気が付きました。
母が「ものすごく可愛い少女に思えてきた」ことを。

「これ、親が子供の面倒を見ているときの気持ちと
 同じじゃないだろうか?」

これが確信に変わりました。

「親の面倒を見るのは大変だけど、子供の面倒なら最後までみられる!」と。

以後、母を娘だと考えるようになった途端、一切の苦痛が消えました。

日々楽しい出来事。
子供が何をやっても親が温かく見守る気分です。
うんこだらけだろうが、水浸しであろうが楽しい出来事。

そんな頃に福祉協議会のヘルパーさんが
「男性ひとりでは介護できない」と進言していただいて
3年待ちだった施設に優先的に入れていただけました。

施設に結婚の報告に行った時、私の顔をみようともせず、
妻の目をずーっと見続け、ようやく私を見て
大きく2回うなずきました。まるで「合格!」と言っているように。

ぼけているんだか、ぼけていないんだか解りませんが、
一瞬、まともな意識になっているような気がします。

今月8月は母の71回目の誕生日。

会話は一切成立しませんが、グルメの母は
「おいしい・まずい」の表現はしてきます。
現在は全て流動食でおいしいものなどありません。

施設の看護婦さんからは、
「何か食べさせては困ります」と言われましたが、
私は、
「いいじゃん、まずいもの食べて長生きするより、
 おいしいものを食べて死んだらハッピーじゃん」と
こっそり大好きなケーキと水羊羹をあげちゃいました(笑)

     →PR:『公的介護保険だけでホントに十分?』

母親との外食

母はパスタが好きで、よく近所のファミリーレストランへ
出かけました。

最初はちゃんとフォークを持って食べるのですが、
うまく口に運べず、手づかみになります。

ある時となりのテーブルで二十歳前後の
グループが、ばか笑いを始めました。

どうやら母の手づかみに気が付き、笑ったようでした。

私も隣のテーブルを見て、彼らと一緒にばか笑いしました。
すると母も一緒にばか笑い。

そこで彼らは気が付いたようです。
「あ、何か病気かなんかなんだろう・・・」と。

以後、彼らは私たちのテーブルを見なくなりました。

母にとっては美味しい物を食べ、知らない若い子達と
一緒に笑った素敵な時間。

介護している側が他人の目を気にしなければ、
出来事全てが素敵な時間です。

           →PR:『公的介護保険だけでホントに十分?』

.


  ブログランキング

.

.

ページトップへ